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福岡高等裁判所 昭和38年(ラ)121号 決定

正金相互銀行

理由

記録によれば、つぎの事実が認められる。

抗告人(競売申立抵当権者)は、債務者林英治に対し昭和三二年八月三〇日金四〇万円を利息年一割八分、弁済期昭和三四年八月末日、利息の支払期毎月末日、利息の支払を一回でも怠るときは当然期限の利益を失い、かつ期限後は年三割六分の割合による違約損害金を支払う約定で貸付け、林英治所有の原決定末尾の物件目録記載の不動産に対し抵当権を設定させ、昭和三二年九月四日抗告人のためこれが第一順位の抵当権設定登記をなしたところ、その後同不動産について、昭和三二年一〇月一五日株式会社正金相互銀行を根抵当権者とする債権元本極度額金五〇万円の第二順位の根抵当権設定登記がなされ、ついで昭和三五年一二月一六日神奈川電気株式会社を根抵当権者とする債権元本極度額金一五〇万円の第三順位の根抵当権設定登記がなされたが、相手方らは昭和三七年一〇月三日林英治から右抵当不動産を買受け、同月四日持分平等(すなわち各四分の一)をもつて所有権移転登記を経たいわゆる抵当不動産の第三取得者であること、ところで債務者林英治は消費貸借成立以来少しもその利息を支払わなかつたので、昭和三二年八月三一日の終了と同時に当然期限の利益を失い、抗告人は昭和三八年四月二日原裁判所に対し本件抵当不動産を目的とし、元金四〇万円とこれに対する昭和三二年八月三〇日、三一日の二日分につき年一割八分の割合による利息(三九二円)及び昭和三二年九月一日以降競落代金交付期日まで約定の年三割六分の割合による損害金の満足を得るため、抵当権の実行として競売を申立てたが、第三取得者である相手方らは競売手続進行中の昭和三八年三月三〇日抗告人に対し元金四〇万円と最後の二年分の損害金並びに競売費用の概算を弁済のために提供したが、拒絶されたとして昭和三八年六月二八日金七四一、〇〇〇円(内訳(1)元金四〇万円、(2)最後の二年分の損害金三二八、〇〇〇円、ただし元金四〇万円に対する年三割六分の割合による二年分の損害金は金二八八、〇〇〇円であるから相手方らは誤算の上供託したものと認められる。(3)競売費用の概算一三、〇〇〇円)を弁済のため供託したこと、相手方らは昭和三八年六月二八日右の弁済提供並びに弁済供託により、抗告人の抵当権に基く競売は許されないものとなつたと主張し、不動産競売開始決定に対し異議の申立をなし、競売開始決定の取消しと競売申立の却下を求めたところ、原裁判所は相手方らの主張を容れ、抗告人は爾後抵当権の実行として本件競売手続を続行すべからざるものと認めて、本件不動産競売手続開始決定は之を取消す。本件競売申立はこれを却下する旨の決定をなしたことが認められる。

原審が抵当元本債権、最後の二年分の損害金、競売費用に相当する金員が弁済のため提供されたが拒絶されたので、弁済のために供託されたことを認定した上、抵当債権者である抗告人は本件競売手続を続行することができなくなつたと解し、右のように競売開始決定を取消し、抗告人の競売申立を却下する決定をなしたところから推断すれば、「原審は、民法第三七四条を根拠として右決定をなしたものと思料される。しかしながら、同条の趣旨は、抵当権者が元本債権の外、利息、損害金の債権を有する場合は、時の経過に従い漸次その額を増大する利息、損害金について制限なく、元本債権と同一優先順位において抵当不動産の競落代金よりその満足を受けうるとすれば、その額の増大すればする程後順位担保権者が担保不動産の競落代金から弁済を受くべき金額は減滅し、後順位担保権者の担保範囲を不安ならしめ、引いては競落代金をもつて担保権者その他の優先権者に配当交付した残余から配当を受けうべき一般債権者にも不測の損害を被らしめないこともないので、元本債権と同一優先順位において抵当権者の行使しうる利息損害金の範囲を両者を合算し、満期となつた最後の二年分に制限し、もつて後順位担保権者右の抵当権者に劣後する優先権者その他一般債権者の弁済を受くべき権利を保護しようとするものであつて、もとより抵当権設定者や抵当権の被担保債権金額全額の負担を伴うものとして抵当不動産を取得し、いわば抵当権設定者の地位を承継する第三取得者の、抵当権者に対する関係において、抵当債権の範囲を制限するものではない。従つて第三取得者である相手方らは、民法第三七七条第三七八条の代価弁済、滌除の規定による場合の外は、元本、利息、損害金、競売費用の全部を代位弁済しないかぎり、抵当権が消滅したことを主張し得ないし、抵当権者である抗告人が競売手続を続行すべきでないことを有効に主張することはできないのである(大判昭和八年(オ)第三一三九号昭和一二年三月一七日。なお、大判大正四年九月一五日民録一四六九頁、同大正九年六月二九日民録九四九頁、同昭和九年一〇月一〇日新聞三七七一号七頁参照)。換言すれば、前記のとおり元本全額損害金三二、八〇〇円(最後の二年分の金二八、八〇〇円と外に金四、〇〇〇円)、競売費用概算金一三、〇〇〇円計金七四一、〇〇〇円の弁済提供を受けた抗告人がその受領を拒絶したため、これが弁済供託され(後記のとおりこの弁済供託は弁済の効力を生じないと解すべきであるけれども、抗告人が同供託を有効と認め(一件記録並びに抗告状の記載に徴するに、抗告人が同供託を有効と認めるのか否かは明らかでないと解すべきであろう。)て)同供託金を受領したとしても、同供託金によつて満足されない残存の、優先権のない抵当債権に基いて、抗告人は単独で、あるいは代位弁済によつて抵当債権者となつた相手方らとともに、進行中の本件競売手続を続行しうることはいうまでもない。

抵当不動産の第三取得者である相手方らのように、抵当債務を弁済するについて正当の利益を有する者が、前示のとおり債務の一部(大部分)を弁済供託し弁済の効果を生じたとすれば、第三取得者は弁済により、債務者林英治に対し有する求償権の範囲において、当然債権者たる抗告人に代位し、抗告人と抵当権を準共有するにいたるので、当該抵当権は、準共有者がこれを放棄すれば格別、代位弁済によつて当然に消滅しないことは、民法第五〇〇条第五〇一条第一項の規定上明白である。したがつて、代位弁済前の債権者である抗告人が抵当権実行のため競売の申立をなし、競売手続進行中に第三取得者である相手方らが、一部の代位弁済をなしたと仮定すれば、抵当権者に代位した相手方らにおいて、抗告人と共に競売申立を取下げて、競売手続を終了さすべきで、相手方らのように代位弁済によつて、競売の基本たる抵当権が消滅したとして競売開始決定の取消と競売申立の却下を求めても、競売手続の進行は廃止されることなく、裁判所は抗告人及び相手方らのために競売手続を進行するの外はない(各大決昭和六年四月七日五三五頁。なお昭和六年一二月一八日一二三一頁、昭和七年八月一〇日新聞三四五六号九頁参照)本件においては前示のとおり第二、第三順位の後順位抵当権が存するので、民法第一七九条第一項ただし書の規定により、相手方らに関するかぎりいわば所有者抵当権の実行たるの外観を呈するにいたるのである。もつとも相手方らだけで競売申立を取下げることを妨げないが、この場合は抗告人のみが競売申立人として残るのである。ところで、原審は相手方らが、前示金七四一、〇〇〇円を抗告人に対し弁済のために提供したが、拒絶されたので相手方らにおいて適法に弁済のために供託したので、抗告人の債権は供託金額につき消滅したことを前提し、本件競売手続は続行すべからずものと説示しているが、弁済の提供は債務の本旨に従い現実にこれをなすことを要するので、債務者林英治に対して元本、利息、損害金、(以上三者を元利金と省略記する)とその外競売費用の債権を有する抗告人に対し、第三取得者たる相手方らが、債務者林英治に代位し弁済をしようとするには、林英治自身が弁済する場合と同様に、右の元利金全額と競売費用の概算金全額を各別にもしくは同時に現実に提供しなければ、元利金債務、競売費用の各債務につき、その本旨に従つた提供があつたとはいえないので、抗告人がたとえその受領を拒んだからといつて、特段の事情のないかぎり、直ちに弁済供託をなしうるものではないので、相手方らのなした供託はその前提手続を欠き弁済の効果を生じない(抗告人が弁済供託を有効であると認めるか異議なくこれを受領すればその時弁済の効果を生ずることあるは格別)といわなければならない(大正二年(ク)第一一八号同年七月一六日大決並びに前示昭和一二年三月一七日大判参照)。

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